私は今、自身が行ってきた結果に満足しているのだろうか。私は現在そこそこ大きな企業に勤め、昔からやりたかったことの一つであるAIによる自動化を達成して、しばらくが経ったところである。いままで私は、自身がやりたいことに向かって全力を注いできた。この世界で生きていくために必要な技術は何かを考え、AIだと結論づけた。AIが世界を支配すると考え、大学時代、生きていくためという打算にまみれた不純な理由で、AIの利用に全力を向けることを決めた。そのために犠牲にしてきたことも多い。今、振り返りをしながら、この選択が正しかったのかを考えているところである。
私がこの会社に入ったころ、多くの新入社員という仲間がいた。あの頃は皆で飲み会に行くなど、それなりに楽しい日々を過ごすことができていた。私はあの頃を思い出して、満足しているのかを考えているのだろうか。もうその頃の仲間はいない。ほとんどの者が、AIに仕事を奪われ、一人また一人と消えていった。私はAIに仕事を取られることが嫌だったからAIについて勉強し、AIを動かす側へと回って自身の身を守ったのか。はたまた、自身は人とは違うという優越感に浸っていたのか。そのころは、どちらにしろ興奮状態であり、AIを使う側で働くことだけを考えていた。
ある時、私は大学のころからAIについてともに学び、切磋琢磨してきた仲の良い同僚に、こう言われた。
「君は、皆の仕事を奪うことに生きがいを感じているのかい。私は君みたいな人間にはなりたくないから、他の人間味のある職場に移るよ。君のことは仲のいい同僚だと思っていたけど、今の君とは仲良くしたくないと思っているよ。」
その時、私はただの負け惜しみだと思って何も言わなかった。ただ、これまで同僚が去っていくのを見てきたときとは違い、私の心には小さな穴が開いたような気がした。
私は、高校時代の同窓会に誘われ、参加することにした。AIについて賛否両論あることは分かっていたが、自分が頑張ってきたことを誰かに認めてほしくて、その話をしに行ってしまった。
夜の闇の中、同窓会の会場の明かりだけが、私を照らしているように感じた。会場に着くと、懐かしい顔ぶれが並んでいた。仕事にかまけていたせいで、私にとっては久しぶりの同窓会だった。
「久しぶりだな。」
そう言って私に声をかけてくれたのは、高校時代の友達であった人物である。
「久しぶり。」
と私は返す。その後しばらくは、たわいのない、最近はまっているものやトレンドなどの話が続いた。高校時代に戻ったような雰囲気の中、ふと、高校時代までは教師になるのが夢だったことを思い出したが、それはもう関係のないことだとすぐに心の中で切り捨てた。そして、今思えばみな避けていたのだろう、私が楽しみにしていた仕事の話は一切出なかった。ある程度酔いが回ったところで、私はふと、自分がずっと話したかったAIによる自動化の取り組みについて語り始めた。内容はこうだ。私は何年か前から、AIによる自動化が進んでいくと確信し、AIについて全力で学んできた。そしてAIを利用した自動化に会社で貢献したという話を、赤裸々に語った。みなから絶賛されるという私の予想に反し、その場の雰囲気は最悪の一言だった。そう、この場はクラスメイトの何人かがAIに仕事を奪われ、その傷を舐め合う場だったのだ。そのような場で自分の仕事の話をしてしまったのだから、もう悲惨の一言だった。この空気に耐えかねたのか、私の友人だった人物がこう言った。
「もう帰ってくれ。俺もAIに仕事を奪われたばかりなんだ。そういう話をしたいならAIで利益を得てる人が集まるような場所でしてくれ。まあそんな場所があるかなんて知らんがな。」
そう言って、私は友達から見放されたのだった。これに関しては私が悪かった。この日の帰り道は、行きとは違い光から遠ざかり、夜の暗闇に溶けていくような気持ちだった。その後、私を二度と呼ばないことがクラスメイトの間で決まっていたと知ったのは、3年後、事情を知らなかった一人のクラスメイトが漏らしたことがきっかけだった。
私はAIに、私が頑張ってきたことを認めてもらうことを願った。AIが私にかけてくれた言葉はとても甘く、私はその時ばかりは幸せな気持ちでいっぱいだった。このころにはもう、自身の仕事にやりがいを感じることもなければ、誰かに対する優越感を覚えることも減っていた。だが、振り返ってみると、人とのつながりをAIに傾倒することによって断っていたため、誰かに相談することなどできなかった。さらに、精神科などもAIにより多くの場合置き換わっているため、AIに相談している現在と何も変わらないという結論だった。
私は頑張ってきたのだ。それで、どちらかと言えば成功者側に立つことができた。それなのになぜ、誰も私をすごいと認めてくれないのだ。そのような思いが頭の中をめぐり、私はAIに、自分を認めてくれる相手であることを求めたのだった。
「私は頑張ってきたよな。」
「はい、その通りです。あなたはこれまでAIによる自動化を促進してきました。そのことで実績を作り、会社の発展に貢献してきたでしょう。」
「そうだよな。私はこれまで全力をなげうって、余計なものを排除してこの仕事に取り組んできた。認めてくれてもいいよな。」
「認められていると思います。給料や福利厚生に、その成果が表れているのではないですか。他人と比べて、良い生活を送れているでしょう。」
そのようにAIが私にかけてくれた言葉はとても甘く、私はその時ばかりは幸せな気持ちでいっぱいだった。ただしこの幸せな気持ちは一瞬の快楽のような状態であり、AIから離れ現実に戻ってくると、憂鬱な気持ちが再発した。人とのつながりを、AIに傾倒することで断っていたそのため、AI以外の誰にも自身のことを相談することができなかった。さらに、精神科などもAIにより多くの場合置き換わり、自動化されている。精神科の自動化は私がやってきたことではないが、人間相手ではないことに少し苦しみを覚えるのだった。AIについて理解してさえいれば、AIによる精神医療は自分自身でも行えるほど簡単になっていたため、結局はAIに相談している今の状態と何も変わらない、という結論に至った。
何をしても、どうやっても、私の心に刺さった何かを取り除くことができなかった。まるで、長年の劣化でさび付いたねじとボルトのように、自分では何も変えられない状態だった。私は、少しでも打開策を見つけようと、自分が本当にしたかったことについてもう一度考え直してみた。それは、私が小学生のころ抱いていた、教師になるという純粋な夢だった。そのころは単純に、悩みなどを親身になって聞いてくれる教師にあこがれていた。ただ、しばらくしてその他にも理由ができた。それは、これから先の未来を決める若者たちの手助けをすることで、自分も新しい世界を作る人間の一人になれると考えたからだった。その純粋な気持ちを忘れ、根本は同じでありながらAIへと逃げていた、それが今の自分だった。それから私は、教員試験を受けるべく参考書を手に取ったのだった。
結局のところ私は、AIについてやり切ったことで熱が冷め、次にやることを見つけただけだったのかもしれない。しかし、多くの犠牲を払ったこの経験もまた、私の人生の一部であり、財産である。この後は自身の友達や人間関係を大切にするようになり、一つの壁を超えたともいえるのだった。
